役に立つ という言葉が嫌いな理由
ブログを書くときに「何かの役に立てばいいな」と思いつつ
実は「役に立つ」とか「有益」とかいう言葉は嫌いだ。
いやいやおかしいやろ!喜ぶ人がいるのにと思うのだけど
「有益な情報を~」とか「困ってる人の役に立つには~」とか
「この人は役に立つ情報を無料で出してる!さぁフォロー!」とか言われると
ものすっげーーーイラッとする。
で、なんでなのか考えてみた。
あと何かとイラッとする自分の方がおかしい可能性もあるので反論してみた。
①頼んでない、押し付けがましい
情報は自分で拾いに行くから、今いいっす…
婆ちゃん家で謎の煮物を大量に出されて「食え!食え!」と言われる気分。
そんなに押し出してなんなの?
反論。
ああ、でも分かるんです分かるんです!
押し付けがましいくらいに営業かけないと認知してもらえないっていうのは!
やってみて分かった、営業大変だわ。
必要な人が情報を拾えばいいだけなので、要らんのなら放置しとけばいい。
要らないからってイライラする必要はないな。
無理に来るなら要らないと言えばいいだけだし
「押し付けがましい」とは思っても「押し付けられた」わけじゃない。反応しすぎ。
どうでもいいが、うちの婆さんは「変な物を作ったけ食べんさい」と言う。
②相手を下に見てないか?
誰かの役に立つためには「困ってる人」が必要だ。
役に立ち続けるには、ずっと困ってる人がいる、ということになる。
そんなに他人を困らせたいのか?マウンティングですか?
どうも自慢してるように見えるんだよなー
さて反論。
情報を拾いにいく人は確かに困ってるわけだし
ずっと同じ人が同じ所で困ってるわけじゃない。
初心者向けの情報なら、基礎として初心者が使い続けるわけで
いきなり応用はできない。
吹奏楽部で代々1年生が使う楽器、みたいな。
相手を下に見てるってそりゃ当然の話で
上級生が下級生を教えるのって当たり前じゃない?
独学ならともかく、先輩から教わっておいて言うこと聞かない初心者が上手になるのかな?
上級生に自慢だの文句言ってる間に練習すれば?って話だな。
③有益とか以外にないんかい!
「有益」と相対する「無益」
発信者が無益だと切り捨てたそこを知りたいのだとしたら?
「無益」なそこに、その人の人柄とか、喜怒哀楽とか、考えたこととか
そういうことが含まれていて
それこそを求めている人がいるのだとしたら、もったいなくない?
あーこれだ。
有益か無益かで分けるとその人が「情報だけ出す塊」になってしまうからだ。
色味がないというか。
コンプラ的にアウトでなければいいじゃん!
それもお前じゃん!
役に立たなくても居ていいよ!と思うからだ。
よし、ちょっと落ち着いたな。
イライラが減った。よかった。
次は「情報」と「役に立たなくても居ていい」が引っ掛かるから、ここ考えようかな。